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和歌山地方裁判所 昭和33年(む)4207号 判決

被告人 岩尾覚 外一四名

決  定

(被告人・弁護人氏名略)

右被告人等及び弁護人等から右被告人等に対する当庁昭和三十三年(わ)第二二六号地方公務員法違反被告事件の審理を担当する裁判長裁判官中田勝三、裁判官尾鼻輝次、裁判官古田時博に対し忌避の申立があつたから、当裁判所は次の通り決定する。

主文

本件忌避申立を却下する。

理由

一、本件忌避申立の要旨

冒頭掲記の被告事件につき、裁判官中田勝三は裁判長、裁判官尾鼻輝次、同古田時博は陪席裁判官として、昭和三十三年十二月十二日の第一回公判に関与審理したが、右各裁判官にはそれぞれ次の如き不公平な裁判をする虞がある。

(一)  裁判官中田勝三について。

(イ)  本件被告事件の第一回公判は前記のように、昭和三十三年十二月十二日和歌山地方裁判所法廷において開廷されたが、同法廷には傍聴に名をかりて、右被告事件の捜査に関係した多数の警察官が入廷している事実があり、最も厳正公平でなければならない裁判所の法廷に、右のように一行政権の末端である警察官、しかも本件被告事件の捜査に関係した警察官が在廷することは裁判の公正を害し、憲法の保障する被告人の公平な裁判を受ける権利を侵害するのも甚だしいので、被告人等の各弁護人は交々中田裁判長に対し、裁判の公正を保持するため、右事実に対し、すみやかに適切な訴訟指揮上の処置を採るよう申入れた。

ところが、中田裁判長は右の如き警察官在廷の事実を知りながら、右の事実では未だもつて、審理を妨害し、その公正が侵害されているとは認められないとして、右申入を拒否し、何等の処置も講じなかつた。

しかし、中田裁判長の右のような態度は、憲法が認めている被告人の公平な裁判を受ける権利に想を致さず、明らかに被告人等にとつて不公平な裁判を為す虞があるものと言わなければならない。

(ロ)  更に中田裁判官は本件被告事件の起訴前の勾留処分、刑事訴訟法第二二六条による証人尋問等につき、当時司法行政上の立場から、これに関与し、或いは右各処分に関する研究会等に関係し、もつて本件被告事件につき所謂雑知識を有つていることは明らかであるが、右事由は現行刑事訴訟法の趣意たる起訴状一本主義の立前に違背し、延いては被告人の公平な裁判を受ける権利を侵し、もつて不公平な裁判をする虞があるものと言うべきである。

(二)  裁判官尾鼻輝次、同古田時博について。

尾鼻、古田両陪席裁判官は本件被告事件に関し、起訴前の勾留処分に関与しているものであるが、右事実は前段同様起訴状一本主義の法則に抵触し、被告人等の公平な裁判を受ける権利を侵害し、もつて被告人等のため不公平な裁判を為す虞があるものと言わねばならない。

(三)  以上のように、右各裁判官には、いずれも不公平な裁判をする虞があるので、申立人等は右各裁判官に対し、本件忌避の申立をする次第である。

二、本件申立に対する判断

(一)  裁判官中田勝三に対する申立について。

(イ)  申立人等が主張する本件被告事件の法廷に、同人等が主張するような数名の警察官が、当該裁判所の発行する一般傍聴券で入廷していた事実は、本件記録からこれをうかがい知ることが出来、また申立人等の主張するような弁護人等の申入に対し、中田裁判長が申立人等主張の如き理由で、右申入を拒否し、何等の処置も講じなかつたことは本件記録上明らかである。しかし、中田裁判長の右処置は申立人等の主張にもあるが如く、裁判長の訴訟指揮権に属する事項にして、訴訟の進行過程においてなされた右の如き一処置が当事者たる申立人等にとつて不満足であるからと言つて、他に特段の事由もなく、たゞそのことのみをもつて、本件裁判につき公平適正を欠く虞があるものと言える筋合のものではない。

(ロ)  次に申立人等の、中田裁判官は起訴状一本主義の法則に違背し、不公平な裁判をする虞がある旨の主張について考えてみるに、検察官から申立人等主張の如き起訴前における各種処分の請求が為され、これに伴つて令状当番の変更に関する裁判官の協議会が開かれた際、中田裁判官もその一員として右議事に加つていたことは当裁判所に顕著なところであるけれども、同裁判官が公判前において、本件被告事件に関係しているのは右の程度にすぎず、同裁判官が右以上具体的に本件被告事件に関与しているか否かについては、これを認めるに足る疎明はない。

しかして、公判前において、中田裁判官が本件被告事件に関与せる度合が右の程度にすぎないものである以上到底右事実をもつて同裁判官に不公平な裁判をする虞があるなどとは言えないし、

(ハ)  また以上の各種事情を考え合せてみても、右裁判官に申立人等主張のような忌避事由があるとは認め難い。

(二)  裁判官尾鼻輝次、同古田時博に対する申立について。

尾鼻、古田両裁判官が申立人等主張のように、本件被告人等のうちその一、二名に対し、起訴前の勾留処分を行つたことは、本件記録上これを認めることが出来るけれども、起訴前の勾留処分に関与した裁判官が、その本案たる被告事件の裁判に関与しているからと言つて他に特別な事由もなく、たゞ右の一事のみで、直ちに忌避原因に当る不公平な裁判をする虞があるとは言い得ない。

(三)  結論

以上説示の次第によつて申立人等の主張するところは、いずれもその理由がなく、その他本件記録に徴しても、前記各裁判官に何等か不公平な裁判をする虞があることを認めるに足る資料はないから、結局本件忌避申立は失当と言う外はない。よつてこれを却下することゝし、主文の通り決定する。

(裁判官 南新一 入江教夫 島崎三郎)

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